被災地を訪ねて 釜石

今夏の旅の一部を記録しておこうと思います。

焼け付くような日射しが降り注ぐ8月の下旬のとある日に釜石に行ってきました。本当は昨年行きたかったのですが、どうしても勇気が出ませんでした。震災から1年半が経ち、やはりどうしても自分の目で大津波の爪痕を見なければならないと思い、岩手の釜石に行ってきました。

釜石駅に着いた時は、津波が襲来したことを感じさせないごく普通の駅とその周辺の街並という感じがしました。しかし、海に向かって歩き出すと、ぽつりぽつりと土台だけ残った土地が現れはじめ、海に近づくにつれ建物が少なくなっていったのです。


IMGP1086.jpg
かつて繁華街であっただろう場所で、おそらく取り壊されるのを待っている書店の建物。

IMGP1088.jpg
建物を見ていると津波の高さがよくわかる。

IMGP1089.jpg
高台にある家は何とか津波を免れたのだろう。

IMGP1085.jpg

IMGP1090.jpg
このような状態でも、いくつかの店舗は営業していた。

IMGP1093.jpg
1階の右にある窓の横に「×」がついている。この印がつけられている建物が少なからずあった。おそらく早晩取り壊しとなるのだろう。

IMGP1087.jpg

IMGP1101.jpg

IMGP1094.jpg
海沿いはこんな高さにまで水が押し寄せたのだ。

IMGP1100.jpg
この旗にはおそらくその土地の持ち主の氏名などが書かれていた。避難しているここの持ち主が、建造物の全壊とか半壊といった評価を要請したものだろう。


百聞は一見に如かずと言います。私が何かを語るよりも、写真の方が多く語ってくれると思います。あとで動画などを探して知ったのですが、海からからそこそこ距離のある駅にまで水が押し寄せたようです。


旅の終わりに上記の本を買って、自分たちが歩いた場所がかつての繁華街であり、そこにどれほどの津波が押し寄せて街を破壊し尽くしていったかを知り、慄然としました。

最後に、なぜ釜石に行ったのかについて少しだけ書いておこうと思います。実は最初、石巻に行こうと思っていたのです。知人が石巻に何度か行っており、少し話を聞いてみたところ、これまでずっと抱いていた疑問と相俟って、違和感を覚えたのです。東日本大震災の津波で陸前高田や大船渡など、街がまるごと破壊された場所も多いのに、いつもNHKラジオから聞こえて来る「復興」という言葉の枕詞のように出て来るのが、なぜ「石巻」なのだろうかと常々疑問に思っていました。


夏前にこのような本を読みました。石巻の日赤と全国の病院の医師、医療スタッフの震災直後からの記録です。命にかかわる仕事に「不測の事態」という言い訳は許されません(原発に関しては、この一番大切な点に問題があるように感じられます)。震災、津波、そして避難生活を余儀なくされた被災者たちの医療にあたる全国の医師たちを指揮する石井医師の献身的な様子に、ただただ頭が下がる思いです。

しかし、ここでもやはり「石巻」なのです。

なぜ「石巻ばかりが脚光を浴びるのか」については、おそらく様々な要因が絡んでいるのでしょう。「被災地観光」に行きたいわけではない、ただ、自分たちの足で被災地を歩き、津波の恐ろしい程の破壊力を知る(もちろん、一年半も経ったわけですから、その破壊力を「想像する」しかないわけですが)ことが目的だったので、出来る限り「観光客」のいない場所に行こうと思い、列車や宿泊の都合上、釜石を選んだのでした。


8月の末は、東北とは思えないほど灼熱の太陽にじりじりと焦がされる夏でした。そろそろ本格的に秋が訪れる頃でしょうか。この震災で亡くなられた方々のご冥福を改めてお祈りしつつ、復興の道をさらに一歩進んだ、たくましい東北に会える日を心待ちにしているところです。













テーマ : 写真日記
ジャンル : 日記

コメントの投稿

非公開コメント

No title

釜石に来ましたんですかー

津波が来る前の、釜石を見てないと判断できないでしょう。

まー、以前のような活気のある釜石には戻らないでしょうねー。

多くの方々に被災地を見てもらって、何かを感じてほしいですねー。
ぽち。

No title

重箱石さん、コメントありがとうございます。
そうなのです、釜石の以前の動画や写真を調べてはみましたが、元の状態を見たことがありませんし、がれきに埋まった状態も見ていませんので、想像をめぐらせるしかありません。1年半後の姿がこれだとすると当時は一体…。ところどころに残っている建物やバラックで商売をする人々がいるのを見てその逞しさに感銘を受けつつも、ほとんど通りに人が歩いていないのを見て、重箱石さんのおっしゃる通り、石巻以外の被災地にひとりでも多くの人が来ることを願わずにはいられませんでした。

1年半経っても、まだまだ、震災の傷跡が残っているのですね。
ワタシも去年暮れに仙台〜石巻の沿岸部を訪れましたが、あまりの被害の甚大さに、ただただ呆然とした記憶があります。
ちょっとだけ大げさに言えば、それ以来人生観が変わりました。

ばぶをさんのように、被災地を訪ね、目で見た被災地の今を伝えて、風化させない!
とても素晴らしいことだと思います。

No title

hirotopapaさん、おはようございます。
昨年の暮れならば、尚一層生々しい傷跡が残っていたことでしょう。石巻の街を歩きながら、昨年訪れてこの目に焼き付けておけばよかったと何度も思いました。人生観が変わるというのもわかります。

それでも地震と津波は天災であり、自然と共に生きることの難しさを感じるわけですが、いまだ放射能をばらまき続けている福島第一原子力発電所の事故は人災で、今なお数えきれないほどの人を苦しめ続けているにもかかわらず、自らの責任にあまりに無自覚な企業に対し、ますます怒りを覚えています。
プロフィール

ばぶを

Author:ばぶを
No NUKES!!!
未来の世代のために、
美しい地球を残したい。
世界に平和を!

天気予報

-天気予報コム- -FC2-
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
カレンダー(月別)
03 ≪│2017/04│≫ 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

フリーエリア
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
オセロゲーム