Preventing Suicide ─A Resource For Media Professionals─

以前、数件続いたいじめによる子どもの自殺を、各報道機関がセンセーショナルに扱った際に書いた別ブログの記事を再掲載します。皆様もご存知の通り、ここ数週間同じ方法による自死が激増しているからです。もし、このような事件が報道されなければ、少なくともその方法が公開されなければ、このような連鎖は起こらなかったかもしれないと思うのです。毎年、日本で自ら命を断ってしまう人は平均して1日に80人前後います。報道のあり方一つで、その数をもっと減らせるのではないでしょうか。私たちが刺激的な報道ばかり追い求めることをしなければ、子どもや親、あるいは親しい人を突然失って悲しみにくれる人を減らせるのではないでしょうか。
     
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WHOが2000年に出した自殺防止のためのメディアに対するガイドライン。
http://www.poynter.org/resource/54176/WHOsuicide.pdf

メディアによる自殺報道がさらなる自殺の誘因になっているとWHOは考え、自殺報道のあり方について、精神医学的見地からメディアに対する要請を本ガイドラインにまとめた形となっている。

まず、自殺報道の影響についてまとめている。それは、さかのぼること、ゲーテにまで至るのである。ゲーテの『若きウェルテルの悩み』の中で、ウェルテルが銃による自殺を遂げたことから当時の多くの若者がウェルテルの方法を真似て自殺をはかり、それは現在ウェルテル効果(Werther effect)と呼ばれているらしい。日本では、藤村操の華厳の滝に投身自殺も類似した効果を及ぼしている。さらに、有名人の自殺も、甚大なる影響力をもっていると述べている。こちらも、日本でアイドルタレントの1986年の飛び降り自殺が、青少年の連鎖的な自死の誘因となったという事実がある。このような連鎖的な行動を引き起こす背景には、メディア及びその報道のあり方に問題があるというわけだ。メディアが、自死の方法、遺書を報道する、あるいはその報道がセンセーショナルであることにより連鎖的行動が増えているとの調査結果が出ており、さらに最近では、インターネット上に自死を幇助するようなウェブサイトが存在することまで指摘する。

そこで、WHOは「自殺」を一般的に予防するため、及び特定のケースで予防するためのガイドラインを作成している。
そのいくつかを引用しておく。
・Statistics should be interpreted carefully and correctly.
・Reporting suicidal behaviour as an understandable response to social or cultural changes or degradation should be resisted.
・Glorifying suicide victims as martyrs and objects of public adulation may suggest to susceptible persons that their society honours suicidal behaviour. Instead, the emphasis should be on mourning the person's death.

本ガイドラインは、上記の内容を踏まえて、メディアのすべきこととしてはならないことを簡潔にまとめている。それは例えば、「事実の提示には、当局と密に連携すること」「自殺に代わる方法をとりあげる」「使用された方法を具体的に報道しない」「自殺を美化したりセンセーショナルにとりあげない」といったものである。

確かに、最近の報道は、この問題に限らず、人の感情に訴えようという姿勢が伺われる。俗っぽい言い方をするならば「お涙頂戴」といった報道の仕方である。民放は視聴率が命綱であるから、ある程度は仕方ないと思う部分も多いのだが、ある事件が起こると、「刷り込み」かと思わせる程、繰り返しその事件及び類似事件ばかりとりあげたり、それに対する市民の「声」(すでに操作されたり、選択が行なわれている)を垂れ流す。さらに驚くことには、WHOのこのガイドラインではwhat not to doに入っている遺書の公開が、平然と行なわれ*、そこには荘厳なBGMがついているではないか。そのような報道のあり方は本来のジャーナリズムとは異なるように思えるし、また報道の原則からもズレていくおそれがあるのではないか。事実を中立的かつ公正に、しかも正確に受け手である市民に伝えるようとすると、四角四面のつまらない報道になってしまって、視聴率がとれないというのがおそらくメディア側の言い分であろうか。そうなると、受け手である我々の問題でもある。
*最近の風潮として、遺族の要望によって公開される場合が多い。WHOはこれをどのように考えるのか知りたいものだ。ちなみに個人的には少々疑問をもっている。というのも報復的要素があるように思えるからである。

以上のような「報道」のあり方に対しては、各人が多様な要望を持っており、またWHOもそのような要望をもつ一機関であるわけだが、ここで気になるのが、報道の自由なのだ。WHOは人の生命の重さを考えて、公的機関としてガイドラインを公表したわけだが、メディアには表現・言論の自由という武器がある。今回は飽くまでガイドラインに留まるので、おそらく問題は生じないのだろうが、WHOのような国際機関はどの程度まで、メディアに対して影響力を持ちうるのだろうか。そして、メディアはどこまでそれに抵抗出来るのだろうか。確か先月、取材源の秘匿に関して最高裁がそれを認める判決を下している。では、自殺報道に対する報道の自由は、現在のような報道のあり方であっても法的には問題なしであろうか。

結局いつもの結論に戻ってくるのだ。このような報道のあり方にNO!を言うのは国民、市民でなければならない。我々がもっとも考えなければならない。さもなくば、期待は薄いが、報道関係者の良心にまかせるしかないのだ。

テーマ : 社会問題
ジャンル : ニュース

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