The name of the sky
選挙と報道
参議院議員選挙も終わり、議席数を減らした民主党は大敗大敗と報道され、また叩かれている。議席を伸ばしたみんなの党は(今のところは)英雄扱いだ。
しかし、本当に民主党は「大敗」だったのかと私は疑問に思う。比例では、明らかに自民党に勝っているし、実は選挙区でも自民党よりも総得票数は300万票も多いのだ。それなのに、自民党の獲得議席数が多いのはどういうことなのだろうか。前回2007年に行われた参議院選挙では、民主党が550万票ほど自民党より多く票を獲得して、議席数が民主40、自民23。今回は300万票民主が多いにもかかわらず、民主44、自民51である。明らかに参議院は半数改選のために小選挙区(いわゆる一人区)が多く、結果、このようなことが起こってしまう。日本は二大政党ではないのだから、このような死票をたくさん生み出してしまう選挙制度自体に問題はないのか。いや、あるだろう。「ねじれ」「ねじれ」とあたかも日本の国会の運営が支障をきたしてしまうかのような、国民を不安に陥れるような報道はやめてもらいたい。そもそも二院制なのだから、ねじれがあっても何の不思議もないではないか。むしろ、今回の選挙結果のような、民意と議席数の「ねじれ」こそが問題であり、また国民を「扇動」するような報道の方がよほど問題なのだ。今朝の新聞によれば、菅さんは辞任の必要なしが73%とのことだ。
民意との「ねじれ」で思い出すのはアメリカの大統領選挙ブッシュvs.ゴアである。ブッシュが大統領になって、どうなったかはわざわざ書く必要もないだろう。
強いものを叩くのは、弱いものいじめよりも潔く見えるかもしれない。しかし、このようなことばかり続けていては、日本にリーダーシップをとれる人間はいなくなり、どの内閣も短命に終わってしまう。また政治家のくだらないゴシップを流すのもたいがいにして欲しい。国民に必要なのは、政治家のプライベートを知ることではなく、彼らの政治家としての考え方、行動などを知ることなのだ。先日アイスランドでは首相が同性の女性と結婚したという報道があったが、日本だったら「ありえない!」「首相を辞めさせろ(もっとも女性が首相になるなどということは、当分ありえないだろうが)!」と大騒ぎになっていたことだろう。人間を属性で見ることに慣れてしまっている国民は、報道に踊らされ、ますます自分の国を奈落のふちに追い込んでいく。
しかし、本当に民主党は「大敗」だったのかと私は疑問に思う。比例では、明らかに自民党に勝っているし、実は選挙区でも自民党よりも総得票数は300万票も多いのだ。それなのに、自民党の獲得議席数が多いのはどういうことなのだろうか。前回2007年に行われた参議院選挙では、民主党が550万票ほど自民党より多く票を獲得して、議席数が民主40、自民23。今回は300万票民主が多いにもかかわらず、民主44、自民51である。明らかに参議院は半数改選のために小選挙区(いわゆる一人区)が多く、結果、このようなことが起こってしまう。日本は二大政党ではないのだから、このような死票をたくさん生み出してしまう選挙制度自体に問題はないのか。いや、あるだろう。「ねじれ」「ねじれ」とあたかも日本の国会の運営が支障をきたしてしまうかのような、国民を不安に陥れるような報道はやめてもらいたい。そもそも二院制なのだから、ねじれがあっても何の不思議もないではないか。むしろ、今回の選挙結果のような、民意と議席数の「ねじれ」こそが問題であり、また国民を「扇動」するような報道の方がよほど問題なのだ。今朝の新聞によれば、菅さんは辞任の必要なしが73%とのことだ。
民意との「ねじれ」で思い出すのはアメリカの大統領選挙ブッシュvs.ゴアである。ブッシュが大統領になって、どうなったかはわざわざ書く必要もないだろう。
強いものを叩くのは、弱いものいじめよりも潔く見えるかもしれない。しかし、このようなことばかり続けていては、日本にリーダーシップをとれる人間はいなくなり、どの内閣も短命に終わってしまう。また政治家のくだらないゴシップを流すのもたいがいにして欲しい。国民に必要なのは、政治家のプライベートを知ることではなく、彼らの政治家としての考え方、行動などを知ることなのだ。先日アイスランドでは首相が同性の女性と結婚したという報道があったが、日本だったら「ありえない!」「首相を辞めさせろ(もっとも女性が首相になるなどということは、当分ありえないだろうが)!」と大騒ぎになっていたことだろう。人間を属性で見ることに慣れてしまっている国民は、報道に踊らされ、ますます自分の国を奈落のふちに追い込んでいく。