読書感想日記の方にも掲載した記事なのですが、こちらも上野散歩part2として、載せておこうと思います。
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先日、上野西洋美術館で開催されているベルギー王立美術館展に行ってきました。マグリットの「光の帝国」を見たくて、心待ちにしていた展覧会でした。
展示作品は合計109点で、16世紀の芸術から、20世紀のマグリットまでのおよそ400年を駆け抜けていったわけですが、個々の作品の迫力に十分満足しました。呼び物は、展示順に「イカロスの墜落」(ブリューゲル(父)?)、「飲む王様」(ヨルダーンス)、「自画像」(アンソール)、「夜汽車」(デルヴォー)、「光の帝国」「血の声」(マグリット)といったところでしょうか。
ブリューゲルと言えば、人をやたらと描き込むという印象の画家ですが、ブリューゲル父の作品とされるイカロスは少々意外で、不思議な作品でした。「イカロスの墜落」とタイトルがついているにもかかわらず、墜落したイカロスは右下の隅に足が出ているだけ、他はのんびりとした日常的な風景となっているのです。寒いところに住んでいるブリューゲルが、地中海を想像し、イカロスの墜落というテーマを利用して、実は想像上の地中海の風景を描きたかったのかしらと思わせる、海が中心のように見える作品になっていました。

この作品展で思ったのは、宗教画が少なく、ギリシア神話を題材にしたものが多かったことです。おそらくベルギー(フランドル)にはルーベンスがいますので、素晴らしい宗教画がたくさんあるはずです。しかし、今回の作品展の柱の中に「宗教」は含まれていないようでした。
ベルギーというと、やはりドーバー海峡、港町というのが私のイメージです。他にもチョコレート、ダイアモンドといったものも有名なのですが、緯度が高いので寒く、また日本で言えば日本海のような波が激しく、そしてどこか暗い感じのドーバー海峡から吹く強い海風の吹く港町に、家の明かりが点々と灯っていて、家の中ではほかほかと湯気をたてている魚料理が供されるという、暗さと寒さ、そして明るさと温かさの対照的なイメージが焼き付いているのです。実際、ブリューゲルを始め、絵画の題材にも雪景色が多いのです。吹き付ける激しい雪を激しいタッチで表現しようとしていたヴォーゲルスの「吹雪」という作品に惹き付けられました。また一方で、点描画で優しい光を表現したクラウスの「陽光の降り注ぐ小道」では、長い冬が終わって暖かい日差しを浴びる喜びがとてもよく表現されているように感じました。

そして、今回一番注目し、見たかったマグリットですが、「光の帝国」は思っている以上に大きい作品でした。そして、空の色が写真で見るよりも鮮やかで、そして家から洩れる明かりや街灯がとても温かい印象でした。そこにあった解説に、マグリットの絵画は二項対立する世界を見事に止揚しているというようなことが書かれていましたが、それには疑問を感じました。

マグリットは空をよく描きます。例えば、鳩の形に切り取られた空とか、自分がたくさん降ってくる空です。一般的に空というのは背景の一つですから、空だけを描かない限りは注目をしないものです。しかし、マグリットは空が自分にとって大事な題材であり、人々に見て欲しいと思ったのではないでしょうか。地上は街灯を灯さねばならない程暗いのに、空には青空が出ているという不思議さに、人はどうしても絵画の中の空に注目をするのだろうと思うのです。私たちは地上に生きていますので、この地上の現象を当然と思い、この空は一体どうなっているのだろうと空に注目をするというわけです。空は永遠に我々の手に届かないものでありそこは常に光が満ちあふれている。そして、私たちの生きる地は、私たちの力で光を灯さねばなりません。つまりマグリットは天と地をはっきり区別したのであって、天と地を昇華させて一つのものにしようとしたとは思えません。むしろ私はプラトンのイデアが心に浮かびました。続いて、「血の声」という作品を見て、尚一層、私たちの届かない場所にあるものが存在し、それが光なのだとマグリットが言いたいのではないだろうかと感じました。その絵画の中心に描かれている木の幹には扉があって、一番下の扉は開いていて橙色の灯りの灯った暖かそうな家、その上の扉も開いていて白い球体、そして一番上には開いていない扉があります。風景全体は夜で、そこにある光は家の灯りと月らしい白い球体のみです。おそらく、一番上には光の帝国が眠っているのだと思います。つまり太陽と青空が眠っているのでしょう。では、なぜタイトルが「血の声」なのでしょうか。絵に意味があると考えることは、非常に意義深い研究ではありますが、とりわけ近現代の絵画を無理に寓意的に解釈することはどうかと思います、タイトルについてはそのまま受け取っておこうと思います。
なお、恩田陸の作品に『光の帝国』がありますが、おそらくマグリットの絵画とその解釈からつけたのではないかと思います。このタイトルの邦訳はこれいいのかしらとちらりと疑問が浮かびます。
テーマ : 美術館・博物館 展示めぐり。
ジャンル : 学問・文化・芸術